IE9ピン留め

《略歴》宮崎県出身。東京芸術大学卒業。同大学院修士課程、博士後期課程に学ぶ。ロータリー財団国際親善奨学生、イタリア政府給付奨学生としてイタリア・ミラノに留学。東京在住。
by tomokarco
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都立大江戸高校合唱部指導

2010年
3/12 コンサート(東京)
6/12,13 『ラ・ボエーム』マルチェッロ役(東京)
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カテゴリ:イタリア留学回想録
  • ピサの斜塔
    [ 2008-05-29 19:32 ]
  • イタリアのB級グルメ
    [ 2008-04-08 18:23 ]
  • イタリアの車窓から
    [ 2008-03-22 21:30 ]
  • 2回目の短期留学
    [ 2008-01-22 17:43 ]
  • 世界一のピッツァ
    [ 2008-01-16 16:59 ]
  • イタリアのアメリカンコーヒー
    [ 2007-12-02 19:19 ]
  • イタリアンブランド切手
    [ 2007-10-10 17:49 ]
  • パヴァロッティ逝去
    [ 2007-09-06 20:32 ]
  • ルチアーナ・セッラのコンサート
    [ 2007-08-31 20:14 ]
  • ロータリー財団国際親善奨学生として
    [ 2007-06-21 23:17 ]
ピサの斜塔
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 ピサの斜塔、2008年5月28日に発表されたエンジニアで地質学者のミケーレ・ジャミオルコウスキ教授の見解によると、少なくともあと300年は倒れる危険がないそうです。トスカーナ州の州都フィレンツェから、電車で1時間ほどのところにあるピサ大聖堂の鐘楼は、まさに世界の珍事のひとつです。
 留学中の2006年1月、妻と行った2泊3日のフィレンツェ旅行の2日目にピサまで足を運びました。ピサの駅からバスで数分、大聖堂の敷地内には入ってしばらく歩くと、あの有名な斜塔が見えてきました。思わず絶句です!写真では何度も見てきましたが、実際に見ると違いますね。巨大な塔がみごとに傾いていて、笑い事ではないですけど、感動です!
 ちょうど現地のガイドさんが日本人の団体を相手に解説していたので、最後尾について盗み聞きすることにしました。(←個人旅行の秘策です) 大聖堂の裏側に、斜塔がいちばん傾いて見えるポイントがあるそうで、そこへ行ってお決まりのポーズで写真を撮りました。
 ピサの斜塔があまりにも強烈だったので、この小都市について他に印象が残ってませんが、行きの電車で向かいの席に座っていたご婦人との会話はよく覚えています。お手製のお菓子を持って、娘と孫の家に遊びに行くのだと、嬉しそうに話してくれました。こうした交流が好きで、いつも電車でどこかへ行くときは、「今日はどんな人が近くの席に座るだろう?」と楽しみにしていたものです。
 ちなみにフィレンツェからなら半日あれば往復できます。フィレンツェ滞在で自由時間があれば、勇気を出して自分で電車の切符を買って、ピサへ行くことをお勧めします。一見の価値ありです!
Ciao! またね!

by tomokarco | 2008-05-29 19:32 | イタリア留学回想録
イタリアのB級グルメ
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 みなさんはKebabケバブ(下の写真)という食べ物を知ってますか?
 レタス、トマト、タマネギ、肉などの具材を、小麦粉を練った皮に包んで食べる、トルコの食べ物です。メキシコのタコスに似てます。新宿や渋谷の路上でトルコ人が移動販売してて、その車のなかで肉のかたまりがグルグル回ってるのを見たことありませんか?あれです!
 わたしは日本では食べたことなかったのですが、イタリアで友達に連れて行かれて以来、すっかり気に入ってしまいました。とくに、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ広場にあるMr. Kebabという店のケバブは格別で、わたしのお気に入りでした。野菜がシャキシャキしてて、肉はまったく臭みが無く、やわらかい味のケバブです。“Piccante!”ピッカンテと言うと、辛いソースをかけてくれてます。
 イタリアのRistoranteリストランテやTrattoriaトラットリーアでの外食では、慣習にしたがって前菜、パスタ料理、肉・魚料理、そしてワインと注文すると高くつくものです。おまけにCopertoコペルトという席料を2~3ユーロ、もしくは食べた料金の5~10%払います。パスタ料理か肉・魚料理をパスして注文しなかったとして、どんなに安いところであっても20ユーロ(3,000円くらい)はします。なので、とくに一人で外食するときは、もっぱらB級グルメでした。
 フィレンツェではMr. Kebabのほかに、Mercato nuovoメルカート・ヌオーヴォ(イノシシの像が目印の広場)の一角にある屋台のTrippaトリッパ(牛の第3胃袋)の煮込み、それとサンタ・マリア・ノヴェッラ駅近くにあった、名前をよく覚えてないのですが(ホニャララ&ホニャララって感じの名前)ナポリピッツァのファーストフード店は好きでした。しかし、ナポリピッツァの方は、一昨年の6月にフィレンツェを訪れたときにはなくなってました。もちもちナポリピッツァを1/4に折りたたんで食べるスタイルのこのファーストフード店を、「もし、日本で出店したら流行るだろうねぇ。」と日本人の友達とも話してただけに残念です。
 ケバブとトリッパは経済旅行者にはお勧めです。ぜひ行ってみてください!
Ciao! またね!

by tomokarco | 2008-04-08 18:23 | イタリア留学回想録
イタリアの車窓から
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 俳優の石丸謙二郎さんがナレーターをつとめる『世界の車窓から』をもじって、『イタリアの車窓から』と題して、イタリアの電車でのできごとを紹介します。
 イベリア半島をはしるTrenitalia(日本でいうところのJR)の電車は、大きくわけるとEuro Starユーロスター、Inter Cityインターシティ、Regionaleレジョナーレの3つがあります。
 3つのなかで一番速いのがユーロスターで、日本でいうところの新幹線ですね。この電車はヨーロッパの各都市をむすぶ国際線もあります。ヨーロッパの星とは、なかなか粋なネーミングですね。次に速いのがインターシティで、おもにイタリア国内の都市をむすんでます。そして、レジョナーレは各駅停車で、近郊の町へ行くのに最適な電車です。
 わたしはミラノから他の都市に移動するときは、経済的なインターシティかレジョナーレを利用してました。とくにインターシティは思い出深いものでした。
 インターシティでわたしがいつも利用するのは2等席で、ここの車両は6席ずつが小部屋にわけられています。合部屋になった6人は、はじめのうちはお互い知らない人どうしなので、ある人は雑誌をよみ、またある人は外の景色を眺めたり、それぞれのことをやってます。イタリアの電車はとにかくよく止まるのですが、やがてその時がきてしばらくすると、“Cosa e' successo?”(なにが起きたの?)と誰かが口を開きます。すると電車が止まってるストレスをまぎらわすためか、おしゃべりが始まりだすのです。
 コンセルヴァトリーオ(イタリア国立の音楽院)でピアノを勉強した経歴があるものの、いまはなぜか消防士をしてるという男性と話したこと、パパとママと一緒の5歳くらいの坊やとサッカーの話をしたこと、大学生と「日本と中国の関係」について話し合ったことなど、イタリア語だけの会話なのでエネルギーも使いましたが、とてもいい思い出になってます。6人1組の限られた空間だからこそ、こうして打ち解けることができるんでしょうね!イタリア人の生活にはいってると実感した瞬間でもありました。
Ciao! またね!
by tomokarco | 2008-03-22 21:30 | イタリア留学回想録
2回目の短期留学
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 2004年9月、ロータリー財団国際親善奨学生に内定し、11月に語学力を強化すべく1ヶ月の日程でフィレンツェの語学学校KOINE'に短期留学しました。 前回はイタリア人の家庭にホームステイしましたが、今回は語学学校が斡旋する学生アパートを選びました。3つの寝室&勉強部屋、共同の居間・キッチン・シャワー&トイレがあり、そこに同じ語学学校に通うメキシコ系アメリカ人のバルバラ(バーバラ)、オランダ人のエヴァと住みました。
 この滞在は音楽的に充実したものでした。
 休日にフィレンツェから電車で1時間ほどのボローニャへ行き、ボローニャ市立歌劇場の《フィデリオ》を見ました。これがわたしがイタリアで初めて見たオペラ公演です。200年以上も稼働しているという古い馬蹄形の劇場は雰囲気が十分で、400年以上も根付くイタリアのオペラ文化にすっかり魅せられました。
 そして、フィレンツェ市立歌劇場の《ドン・カルロ》、この公演は《ドン・カルロ》の4幕版と5幕版を日替わりで上演するという珍しい企画で、わたしは上演される機会の少ない5幕版を見ることができました。
 帰国直前に再びボローニャに寄って、ご当地出身の名バスバリトン歌手ルッジェーロ・ライモンディRuggero Raimondi主演の《ドン・パスクワーレ》を見ました。公演当日、天井桟敷席(ガッレリーア席)のチケットを買うために、切符売場で並んでいると、芸大の先輩で、当時文化庁派遣芸術家在外研修員としてボローニャに留学していたバリトンの青山貴さんと会いました。日本から数万キロ離れた異国の地で交わした先輩との握手は忘れません。
 また、名バリトン歌手ローランド・パネライRolando Paneraiのレッスンも貴重な体験でした。パネライといえば、何といっても《コシ・ファン・トゥッテ》のドン・アルフォンソでしょう。ベームの指揮で歌っているCDは、聴いているだけで舞台の様子が頭に浮かびあがってくるほどに素晴らしいです。意外にも若い時はグリエルモを歌っていて、実年齢とともに若者役から初老役へと、見事なレパートリー展開を果たしました。この年の10月、80歳の記念にフィレンツェ市立歌劇場でドン・アルフォンソを歌ったそうで、生涯現役とはまさにパネライのことです。
 フィレンツェ郊外の豪邸にあるレッスン室に入ると、「俺はピアノを弾けないからさぁ…、とりあえず歌ってみなよ!」と言われ、わたしは《夢遊病の女》のなかのアリアを歌いました。「いい声してるよ、でもね、自分の音楽、つまり独自のフレーズを見つけることだな」、そう言って彼はパネライ節でアリアの一節を歌いました。オペラ史に名の残る大歌手とのマンツーマンのレッスン、彼の存在感にただただ圧倒されっぱなしでしたが、あのレッスン室の空気はいまでも脳裏に焼き付いてます。
 音楽以外にも、路線バスのショーペロSciopero(ストライキ)を初体験したり、当時フィオレンティーナでプレイしていた中田英寿選手をスタジアムへ応援に行くなど、刺激の多い1ヶ月でした。
 12月になると市内の至るところが電飾され、クリスマスムード一色になります。「来年の冬もイタリアのイルミネーションを見ることができるんだなぁ」、翌年秋からのイタリア留学が現実味を増してきました。
Ciao! またね!

※ 写真上はボローニャ市立歌劇場の天井桟敷席からの様子、下は語学学校の友達と撮ったもの(左からバルバラ、わたし、エヴァ、エミ)



by tomokarco | 2008-01-22 17:43 | イタリア留学回想録
世界一のピッツァ
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 下の写真はフィレンツェのPIZZAIUOLOピッツァイウオーロというピッツェリーア(ピザレストラン)のピッツァです。フィレンツェのドゥオーモ(大聖堂)から東へ10分ほど歩いたところにあります。日本語に訳すとピッツァ職人という名前のこのお店は、ナポリピッツァの専門店です。ナポリピッツァは、生地が通常のものより厚く、もちもちした食感なのが特徴です。
 わたしの場合は、数人でとりわけて食べるときは、気に入った具がのってるピッツァを注文しますが、1人1枚ずつ食べるときは、一度にたくさんの種類を味わえるQuattro stagioniクワットロ・スタジオーニ(イタリア語で四季という意味で、文字どおり4種類の具がのっている)を注文します。
  イタリアのピッツェリーアには、一番長く滞在したミラノでも行きましたし、ローマ、ヴェネツィア、ナポリピッツァの本場・ナポリ、ナポリの人々が多く移住したためにナポリピッツァ専門店が軒を連ねるというトリノでも食べました。いまのところPIZZAIUOLOのピッツァが一番好きです。まず生地のモチモチ感がたまらなくおいしく、とろ~っとした濃厚な味わいのモッツァレッラチーズと他の具材との相性が最高です。
 このピッツェリーアを知ったのは、2回目の短期留学のときで、アメリカ人の友達に連れられててきたのが最初でした。どの出版社だったか忘れましたが、日本に売ってるガイド本にも載ってます。しかし、日本語メニューがないからか、日本人のお客さんを見かけたことがありません。隠れた名店と呼んでもいいかもしれませんね。
 みなさん、フィレンツェを訪れた際には、ぜひ試してみてはいかがでしょうか!
Ciao! またね!

by tomokarco | 2008-01-16 16:59 | イタリア留学回想録
イタリアのアメリカンコーヒー
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 「イタリアといえば?」と質問されたら、みなさんは何を答えますか?オペラ、絵画、サッカー、ファッション、イタリア料理、女性を口説くイタリアの伊達男(…んっ?)などいろいろあると思いますが、コーヒーもイタリアならではのものですね。最近、日本でもエスプレッソやカップッチーノは、かなり浸透してきました。
 イタリア人たちの生活にコーヒーは欠かせないもののひとつで、いたるところにBARバールと呼ばれるカフェがあります。彼らには行きつけのバールがあって、仕事にいく前にバールでコーヒー1杯、お昼休みにバールでコーヒー1杯、帰る前にバールでコーヒー1杯飲んで家路につきます。バールにはいつでも常連客がいて、いわばイタリア庶民の社交場といったところでしょう。
 あるイタリア人の知人が言ってました。「エスプレッソはエネルギー補給のために飲むのさ」と。日本のような栄養ドリンクは存在しないイタリアならではの意見です。いや、栄養ドリンクよりコーヒーの方が、ずっと自然の摂理にしたがったエネルギー摂取法ですね。
 でも、実はわたし、エスプレッソはダメなんです!というのは、砂糖やミルクで甘くなったコーヒーが嫌いで、ブラックで飲む主義だからです。かといって、イタリアのエスプレッソは苦すぎてブラックでは飲めないし、それでもイタリア人のように2~3本のスティックシュガーをいれたくありません。わたしはいつもバールに来ると、
“Caffe americano!” カッフェ・アメリカーノ
と注文してました。すると、カップッチーノ用のカップに少量のエスプレッソと、お湯の入ったミルクポットがでてきます。下の写真のように、エスプレッソをお湯で薄めて飲みます。これがイタリア流アメリカンコーヒーです。
 ところで、日本で飲んでるようなコーヒーが恋しいときはどうしてたと思いますか?マクドナルドでCaffe americanoを注文してました。ミラノのBuenos Aires通りにあるマックの店員さんは、「うちのアメリカンコーヒーはおいしいわよ!」と言ってました。たしかに日本のマックのと同じで、満足する味でした。わたしは、ミラノのガッレリーア内にあるマック・カフェでよくコーヒーを飲んでました。ここのもおいしいです。みなさん、もしイタリアで普通のコーヒーを飲みたくなったら、マックに行くといいですよ!
Ciao! またね!

by tomokarco | 2007-12-02 19:19 | イタリア留学回想録
イタリアンブランド切手
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 昨日はイタリアのオペラ作曲家の切手を紹介しました。今日はイタリアンブランドの切手を紹介します。
 服飾、宝飾、靴、バックなどのイタリアンファッションは、日本はもとより世界中のひとに愛されています。今の時期、1月中旬から2月いっぱいにかけては、バーゲン(saldi)がおこなわれていて、高級ブランド品も半額くらいの値段で買うことができます。ちなみに、わたしが住んでいたファッションの都・ミラノは、声楽の勉強にきている留学生も多いのですが、服飾ファッションの勉強で留学している人も比較的多いんですよ。
 下の写真は、字が小さくて読みにくいですが、KRIZIA、DOLCE&GABBANA、FERRE、ARMANI、PRADAの切手シートです。日本に帰ってからの家のインテリアにと思って買いました。2.46ユーロ(日本円にして370円くらい)なので、ブランド好きなお友だちへのお土産にいいかもしれませんね。ミラノのCordusio広場ちかくにある中央郵便局なかに記念切手専門のお店があり、そこで買うことができます。
Ciao! またね!

P.S. 昨日と今日にわたって紹介した切手シート、実は帰国の日にミラノのマルペンサ空港でなくしてしまったんです。留学の大切な思い出の品のひとつだったので、日本に着いてこれらをなくしたことに気づいたときは、ものすごくショックでした。どうしてもあきらめきれず、ミラノのアパートの大家さんに頼んで送っていただきました。届いたときは本当にうれしかったです!大家さんには感謝してます!!これから先、何回引越しするかわかりませんが、わが家には常にこれらの切手が飾ってあることでしょう。


by tomokarco | 2007-10-10 17:49 | イタリア留学回想録
パヴァロッティ逝去
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 大テノール歌手ルチアーノ・パヴァロッティが亡くなったという訃報が飛び込んできました。
 パヴァロッティとの最初の出会いは、中学時代の音楽の授業で「帰れソレントへ」を習っていた時でした。この曲を歌っているパヴァロッティの映像(当時はLD)を、先生が見せてくれました。白いハンカチを片手に歌う彼の姿を見て、「そうしたら自分もいい声がでるんじゃないか?」ってマネして歌ったものです。
 わたしは、生でパヴァロッティの歌声を聴く機会はありませんでしたが、イタリア留学中に開催されていたトリノオリンピックの開会式で、屋外でそのうえ極寒という悪条件のなか真っ白い息を吐きながら、《トゥーランドット》の「誰も寝てはならぬ」を熱唱していた映像が目に焼きついています。
 彼は、世界3大テノールの1人として人気を集めていたと同時に、“キング・オブ・ハイC”の異名をもち、彼のアクートAcuto(高音の意)に多くの聴衆が魅了されました。
 一時代を担った偉大な芸術家のご冥福を、心からお祈りいたします。
Ciao! またね!

by tomokarco | 2007-09-06 20:32 | イタリア留学回想録
ルチアーナ・セッラのコンサート
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 2006年5月16日のことですが、ソプラノ歌手ルチアーナ・セッラLuciana Serraの歌声を聴く機会に恵まれました。セッラといえば、メトロポリタン歌劇場の《魔笛》のDVDなどで名唱ぶりを知ることができますね。ミラノ・ポルタ・ヴィットーリア・ロータリークラブ所属のロータリアンでもある彼女は、モーツァルト生誕250年を記念したロータリー財団主催のこのコンサートに特別出演しました。
 オペラ《イドメネオ》からイダマンテのアリアなど、合わせて3曲歌いましたが、完璧にコントロールされた声は、まったく年齢を感じさせず素晴らしかったです。
 このコンサートには、この留学中、ロータリー財団国際親善奨学生としてお世話になっていたレオーニ夫妻と一緒に行ったのですが、彼らはセッラと友達同士だというので終演後の楽屋に同行させていただきました。レオーニ氏がわたしのことをセッラに紹介してくださったのですが、近くで見ると本当に素敵なマダムといった感じでした。セッラのCDを留学前から好んでよく聴いていたので、尊敬する大歌手と対面できてすっかり有頂天でした。また、俳優の大和田伸也さんに似た(?)ご主人は、温厚そうな品のある紳士で、開演前と休憩中に、落ち着かない様子で楽屋と客席を行き来していたのが印象的でした。
 ピアニストのポッリーニ(ポリーニ)にお目にかかる幸運に恵まれた時もそうでしたが(4月11日を参照)、1年足らずの留学で信じられない出来事がいくつかありました。今となってはいい思い出となっています。
Ciao! またね!


by tomokarco | 2007-08-31 20:14 | イタリア留学回想録
ロータリー財団国際親善奨学生として
Ciao tutti! みなさん、こんにちは!
 今日で帰国してちょうど1年が経ちました。わたしはロータリー財団の奨学金をいただいてイタリアに留学することができたわけですが、今日はその話題にします。
 わたしが勉強していたミラノには、日本人8人、アメリカ人2人の奨学生がいました。研究分野も、音楽、医学、薬学とさまざまでした。
 奨学生はそれぞれ別々のロータリークラブに所属します。そして、1人の奨学生につき地元のロータリアンが1人づつ割り当てられ、彼らが奨学生の生活のサポートに当たります。わたしの所属先は、ミラノ・ポルタ・ヴィットーリア・ロータリークラブRotary Club Milano Porta Vittoriaで、面倒をみてくださったロータリアンは、ヴィットーリオ・レオーニVittorio Leoniさんという60歳くらいの男性でした。
 レオーニさんには本当にお世話になりました。
 まずは、小切手で送られてきた奨学金を換金するために、イタリアの銀行の口座をつくる必要があり、レオーニさんは一緒に銀行まで行ってくださいました。このとき、すでに日常会話に不自由しないほどのイタリア語力は身についていたものの、銀行のシステムが日本と違っていたり、専門用語の飛びかう銀行員に質問にはさすがにチンプンカンプンでした。レオーニさんは、わたしと銀行員の間に入ってくださり、一切の手続きをしてくださいました。
 レオーニさんは、わたしを自分の子供のように気にかけてくださり、「トモヒーロ!調子はどうだい?」といった具合にしばしば電話をかけてくださいました。また、食事やコンサートに連れていってくださったり、わたしたちのロータリークラブの会合に同行しました。
 ロータリークラブの集まりは、わたしにとってとても有意義なものでした。というのは、行ってみると外国人はわたし1人だけで、あとはみんなイタリア人だったというシチュエーションもしばしばで、言葉の面でかなり鍛えられたからです。わたしがイタリアに留学した理由に、イタリア語のリズムをマスターして、歌に役立てたいというのがありました。こうして生のイタリア語に接する環境にいることができたのは財産だと思ってます。おかげで、ミラノなまりはしっかりマスターして帰りました。
 初めての留学が、現地の人々によるサポート体制がしっかりされているロータリー財団によるものであったことを、心から良かったと思ってます。レオーニさんと、ミラノ地区に来ていた奨学生全体のお世話をしてくださったルチアーノ・ラーコLuciano Racoさんには、いまでもメールや手紙で近況報告してます。
Ciao! またね!

P.S. 写真はミラノ地区の奨学生が一同に会したときのものです。

by tomokarco | 2007-06-21 23:17 | イタリア留学回想録